子どもの寝顔しか見られなかった。それでも、あの日々を否定できない。
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出勤するとき、子どもは寝ていた。帰宅するとき、子どもは寝ていた。
急性期で働いていたあの頃、自分が幸せかどうかなんて、考えたことすらなかった。
実はこの記事、最初は「急性期で成長したけど、幸せではなかった話」というタイトルで書こうとしていました。でも書き進めるうちに、それは少し違うと気づいた。あの頃が「幸せではなかった」と言いきれるほど、単純な話ではなかったから。
この記事では、こんなことをお伝えしたいと思います。
- 成長とやりがいの裏側で、私が失っていたもの
- 「しんどい」と気づけなかった理由(あなたのせいじゃない)
- 今しんどいあなたが、自分を否定しなくていい理由
成長していた。それは本当のことだ。
急性期で3年間働きました。
最初の1年は、毎日が必死でした。何もできない。先輩は怖い。「私は看護師に向いていないんじゃないか」と何度思ったかわからない。それでも続けた。
2年目になると、少しずつ変わってきました。先輩から「あれ、お願いできる?」と声がかかるようになった。頼られる場面が増えてきた。自分一人でこなせることが増えてきた。
やりがいは、確かにありました。患者さんの状態が改善していく過程に関われること。急変対応で自分が動けたこと。「ありがとう」と言われたこと。
看護師になるために、介護士から准看・正看と遠回りしてきた。その分、一人前に近づいていく実感は、人一倍大きかったと思います。職業的なDNAが、介護士から看護師へと改変されていく時期でもありました。がむしゃらに、ただがむしゃらに働いていました。
でも、心から笑えていなかった
成長していた。やりがいもあった。でも、ふと気づくと「最近、心から笑えていないな」と思っていました。
一番それを感じたのは、子どもと公園に行ったときのことでした。
以前は登れなかった遊具に、子どもが一人で登れるようになっていました。小さな体で一生懸命よじ登って、頂上でこちらを見て笑う。本来なら、一緒になって笑い返していたはずです。でもそのとき私は、おそらく無表情でした。仕事のことが、頭から離れていなかったから。
子どもの成長の瞬間を、ちゃんと受け取れていなかった。それに気づいたのは、ずいぶん後のことでした。
出勤するとき、子どもは寝ていました。帰宅するとき、子どもは寝ていました。夜勤明けは眠くて、自分のことで精いっぱい。子どもと向き合う余裕がありませんでした。
その分のしわ寄せは、妻にいきました。保育園の送迎、お風呂、食事、寝かしつけ。妻もパートで働いて疲れているのに、家のことをほとんど一人でやってもらっていた。申し訳ない、という気持ちが、ずっとどこかにありました。
私は、子どもが小さい時期を「ゴールデンタイム」だと思っています。「3歳までに一生分の親孝行をする」という言葉があるように、あの頃の子どもの笑顔は、何物にも代えがたい。その時間を、十分に共有できていなかった。
「何のために働いているんだろう。」
子どものために働いているはずなのに、子どもとの時間が持てない。家族のために頑張っているはずなのに、家族に負担をかけている。その矛盾が、胸の中にずっとありました。
しんどいとすら、思っていなかった
でも不思議なことに、誰にも言いませんでした。
言えなかったのではありません。言う必要を感じていなかった。それが普通だと思っていたから。
周りの先輩たちも同じように働いていました。残業は当たり前。夜勤明けに疲れ果てるのも当たり前。子どもとの時間が取れないのも、働く親なら仕方ない。そういう空気の中にいると、自分の感覚が少しずつ書き換えられていきます。おかしいと思う気持ちすら、どこかへ消えていくのです。
それどころか、遅くまで残業したことを、どこか自虐的に誇っている自分がいました。「今日も2時間残業した」と言いながら、それを頑張りの証明のように感じていた。今思えば、おかしな話です。でもあの頃は、それが「よくやっている看護師」の姿だと思っていました。
精神科に来て、初めて気づいたこと
精神科に転職して、しばらく経ったころ。
ふと、あの頃の自分のことを考えました。
かわいそうだとは思わない。責めたいとも思わない。ただ——「よく頑張ってたな」と思う。それだけです。ただ、今の自分だったら、また違う選択をしていたと思います。
精神科で適応障害やうつ病の患者さんを受け持つようになりました。仕事を頑張りすぎて、真面目で責任感が強くて、気づいたときには限界を超えていた人たち。その姿を見るたびに、あの頃の自分が重なりました。
あの頃の急性期の経験が、今の自分をつくっています。身体的な異変に気づく力。薬剤の知識。看護技術。精神科の同僚から頼りにされる場面で、それを実感します。
否定しようとしても、できない。あの日々があったから、今がある。そう思えるようになったのは、精神科に来てからのことです。
あの頃の自分と同じ場所にいるあなたへ
自分がいま「しんどい」と気づいていないことは、無理もないことです。責められません。それは、私もそうだったから。
あの頃の私は、しんどいとすら気づいていなかった。だから動けなかった。でも今思うのは、気づいたときに動ける準備だけはしておいてほしい、ということです。
私がもし、あの頃の自分に一つだけアドバイスできるとしたら——「転職しろとは言わない。ただ、選択肢はいくつか持っておいた方がいい」。と言いたい。
選択肢があるだけで、心はかなり軽くなります。「自分には、今の職場しかないんだ。」と思うから、追い詰められるのではないでしょうか。
すぐに転職しなくても問題ありません。まず話をしてみるだけでもいいと思います。話をしていくうちに、あなたが大切にしていることが見えてくるかもしれません。そしてそれは、あなたの選択肢を増やすことにつながると思います。
まとめ
- 成長とやりがいは本物だった
- でも心から笑えていなかったのも本当
- しんどいと気づけなかったのはあなたのせいじゃない
- あの経験が今の自分をつくっている
- 否定できない過去が、前に進む力になる