男子トイレが、一番の休憩室だった【急性期看護師時代の記憶】
食事・トイレ・休憩。誰にとっても当たり前のはずのこの3つが、急性期で働いていた頃の私には、少し違う形をしていました。
男子更衣室で迎える、5分間の食事
昼休憩の時間になっても、午前中の業務が終わっていないことがほとんどでした。残っている記録や業務を、できるだけ片付けてから休憩に入ります。
休憩室には行きませんでした。同じフロアにあるのに、足が向きませんでした。
休憩している同僚と一緒になると、どうしても患者さんの話になります。周りは女性スタッフばかりで、雑談できる関係性も築けていませんでした。たとえ5分でも、仕事仲間とは顔を合わせたくない。そんな思いがありました。
私が向かうのは、男子更衣室でした。
暗くて狭くて、古いパイプ椅子が一つ置いてあるだけの場所です。ロッカーを開け、カバンからラップに包まれたおにぎりを取り出します。ロッカーに常備してあるふりかけをかけ、頬張り、水筒の水で流し込む。歯磨きも超高速で、全部合わせて5分もかかりません。
味わっている暇はありませんでした。頭の中は、書きかけの記録の内容や、午後のミーティングのことでいっぱいでした。早く戻って続きを書きたい。早く帰るためには、そうするしかありませんでした。
新人の頃は、お弁当を持って行っていました。でも、独り立ちする頃から、お弁当を作るのが面倒になっていきました。それくらい、疲れていたのだと思います。
いつの間にか、おにぎり1個になりました。
その貧しい食事の風景は、当時の私の状況そのものだったと、今は思います。自分のことが、どんどん後回しになっていきました。
トイレに行きたい、と思う前に消えていく尿意
トイレは、もちろん我慢していました。でも、「行きたいけど我慢する」という感覚ではなかったと思います。
業務が忙しすぎて、尿意が自然と引っ込んでいく。水分を取る時間も惜しいから、そもそも水分が足りていない。脱水だったのだと、今ならわかります。
患者さんには「脱水気味かもしれませんね。しっかり水分取りましょう」と声をかけていました。一番の脱水傾向だったのは、自分だったのかもしれません。
「トイレに行こう」と思った瞬間、誰かに呼ばれる。ナースコールが鳴る。それに対応して戻ってくると、もうトイレのことはどうでもよくなっているか、別の対応すべきことが発生している。そんなことの繰り返しでした。
尿意は、緊張している時には感じにくいと言われます。働いているあいだは、常に体が張っていた。今思えば、そういう状態だったのかもしれません。
我慢していた女性看護師の中には、膀胱炎になって、抗生剤を処方してもらっている人も少なくありませんでした。
休憩室には行けないけれど、トイレでは一人になれた
「できる」と言われる先輩でも、休憩はある程度しか取れていませんでした。1時間丸ごと休憩を取れている人を、私は見たことがありません。
そんな中で、トイレに行けたときだけは、本当の休憩のように感じていました。
ほんの一瞬です。でも、誰からも遮断される。ある種の聖域でした。男子トイレに一人でいるときが、一番気が休まっていたと思います。
昔、「トイレでお弁当を食べる学生」という話が話題になったことがありました。よく考えるとおかしな話なのに、当時の私はあの話に、なぜか親近感を覚えていました。
生理的欲求を満たすためだけの場所に、安らぎまで詰め込まれていた。マズローが、あの男子トイレを見たら、苦笑いするかもしれません。
今、戻ってきたもの
精神科に来て、食事もトイレも休憩も、それぞれ別の時間、別の場所に戻ってきました。
社員食堂で、座って、味を感じながら食事ができます。トイレに行きたいと思ったら、行きたいときに行けます。休憩室で、お茶を飲みながら同僚と話せる時間もあります。
当時は、それが特別なことだとは思っていませんでした。
食事もトイレも休憩も、生きていくために必要な、ただの日常だったはずです。それすら後回しにしていたことに、あの頃の私は気づいてさえいませんでした。